塾生の声|NPO法人[社会起業・政策学校]一新塾(大前研一創設)|志で社会を変える主体的市民を育む

東京 大阪 名古屋 仙台 通信

塾生の声

根っこでつながる志のコミュニティ

20代から60代まで幅広い年齢層、様々なバックグラウンドを持つ方が、講義を通して社会を学び、切磋琢磨と協働で志を育み合います。20年で市民発の社会変革プロジェクトは700以上となりました。
塾生は多様な事例と方法論を現場主義で学び、志を育む技術を体得。社会起業家や政治家、政策提言や市民プロジェクト等方法を組み合わせ、協働してビジョン実現に向かいます。
なお、 卒塾生の活動レポートメルマガはこちらからご覧ください。 

議員へ転身! 社会起業家へ転身! 仕事をしながら市民プロジェクト!

社会起業家へ転身!

深田 智之 (一新塾4・5・6期/会津東山温泉くつろぎ宿社長・湯瀬温泉せせらぎ宿社長)
深田智之(一新塾4・5・6期/会津東山温泉くつろぎ宿社長・湯瀬温泉せせらぎ宿社長)

◎入塾前は、会社員 → 旅館ホテル再生事業で起業

講師の本音の話は期待通り、これまでの会社中心の人生の延長線上では出会うことがないであろう「人」とのつながりも実現。人生の選択肢はどんな時でも1つでないことを、頭でなく心で感じることができたことが一番の変化でした。沢山刺激を受けて、私はシンクタンクに在籍していた専門を活かし2001年末に独立。福島県で3旅館を同時再生し、現在は秋田県の湯瀬ホテルの事業再生も担っています。人生を迷っている人に、夢を抱いている人に、私は一新塾をお勧めします。

被災地の医療現場で高齢先進国モデルをつくる 武藤真祐(15・21・24期 医療法人社団鉄祐会「祐ホームクリニック」理事長)
武藤真祐(15・21・24期 医療法人社団鉄祐会「祐ホームクリニック」理事長)

◎入塾前は、医師・会社員→在宅医療開業 (東京・石巻・シンガポール)

東京・石巻・シンガポールで在宅医療の現場で仕事をする生活を続けています。一新塾に通っていた当時、私はマッキンゼーという会社でコンサルタントをしていました。それまで大学病院におりましたので、ある意味、大組織で働く身でした。ですから、一新塾が言う「市民の力」は、ある程度は理解をしつつも、本当なのかな?といった思いも正直ありました。しかし、一新塾で触れ合った人たち、そして何より東日本大震災に石巻にまいりまして、本当に市民の力が世の中を変えていくということを目のあたりにしました。私の活動も、一人の市民が何ができるのか、というところがはじまって、多くの仲間に恵まれて今に至ります。根っこの思いは皆さんと同じです。

養豚農家で起業!宮治勇輔(一新塾13期/株式会社みやじ豚代表取締役社長・NPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事CEO)
宮治勇輔(一新塾13期/株式会社みやじ豚代表取締役社長・NPO農家のこせがれネットワーク代表理事CEO)

◎入塾前は、会社員 → 実家の豚肉ブランド化で起業・農家のこせがれネットワーク

僕が実家に戻る決意をした社会人2年目の夏、人脈を拡げ、起業のために勉強しようとビジネススクールに通う決意をする。毎朝早く起きて様々な本を読んで勉強したので、いわゆる「お勉強」をするためにビジネススクールに通うつもりはなかった。だから、なかなかしっくりくるビジネススクールに出会えなかった。そんな中で、「これだ!」と思ったビジネススクールがこの一新塾だった。2006年9月、僕は実家の養豚業を継いで株式会社みやじ豚を起業。
2009年、「一次産業をかっこよくて・感動があって・稼げる3K産業に!」というビジョン実現のために農家のこせがれネットワークを設立。日本農業の変革を目指し邁進している。

世界をつなぐベンチャーをつくりたい 加藤智久(一新塾5・6期/オンライン英会話「レアジョブ」代表取締役会長)
加藤智久(一新塾5・6期/オンライン英会話「レアジョブ」代表取締役会長)

◎入塾前は、高校生→ フィリピン人講師の英会話で起業→上場へ

一新塾最年少入塾で、「高校生加藤くん!」と呼ばれていました。起業家、政治家、NPOのリーダーなど、自分で道を切り開いている方のお話を聞き、自分も将来、そういう道を歩いていきたいと思いました。27歳の9月にそれまで働いていた戦略コンサルを辞め、11月にオンライン英会話「レアジョブ」を立ち上げました。現在フィリピンに講師4000人を抱え、オンラインで英会話レッスンを提供しています。全国の中学・高校でも導入がすすんでいます。一新塾で学ぶと、多くの講師、仲間との出会いを通じて、あなたという桶の中にぽたぽたとたまっていき、気づいた時には、あなたのエネルギーが世界に向けてあふれ出していきます。

菊地真紀子 (一新塾21期/合同会社VALN代表)
菊地真紀子(一新塾21期/合同会社VALN代表)

◎入塾前は自営業→ 女性が活躍するまちづくり会社起業・子ども食堂も運営

20年以上カタカナ自営業をしてきましたが40代になって何か物足りない、本当に自分がやるべきことがあるのではないかと一新塾の門を叩きました。「主体的、現場主義を貫き行動すること」「支援とは対象者を自立させること」が心身に染み通りました。チーム活動を機に地元大田区の子育て現場に飛び込み、環境整備や制度改革に携わり、そこから広がったものづくり、女性起業家、ネットワークを構築。2010年、ものづくりの企業、出産・子育てのためにキャリアを断念せざるを得ない女性たち、これら価値ある地域資源を活用し地域の問題解決をするために合同会社VALNを仲間と設立。さらに、地域映画の制作やコワーキングスペース、子ども食堂などの運営もしています。

市来広一郎(18・20期/NPO法人atamista代表理事・株式会社machimori代表取締役)
市来広一郎(一新塾18・20期/NPO法人atamista 理事・machimori代表)

◎入塾前は会社員→カフェとまちづくり会社起業・ゲストハウス・シェアオフィス運営

生まれ育った熱海を何とかしたい、そんな想いで18期に入塾しました。同じように自分の地域をなんとかしたいという志を抱く仲間と出会い、プロジェクト活動に取り組みました。入塾中の2007年3月にそれまで働いていた会社を辞め、熱海での活動を開始。2009年から「熱海温泉玉手箱(オンたま)」の発起人/実行委員長として、商店、旅館、農家、漁師、NPO、ボランティアなど、地元の、地元の人による、地元のための地域体験プログラムをプロデュース。その後、シャッター街の商店街の再生に、リノベーションでカフェ、ゲストハウス、シェアオフィスをオープンしました。地域に変化を起こすことができるのは、一新塾での実践的な学びがあってこそ。一新塾には、自分の使命を見つけだし、それを行動に移せる環境があります。

強みを活かし『生き活き元気塾』で起業 本多慶吉(一新塾15・17期/NPO法人生き活き元気塾代表理事)
本多慶吉(一新塾15・17期/NPO法人生き活き元気塾代表理事)

◎入塾前はインストラクター→ 認知症予防の体操で起業


私の起業を決意したきっかけは、スポーツクラブをやめた後、認知症高齢者の介護現場に携わった経験です。その現場はとてもショッキングなものでした。ある家庭に訪問した時に、ご家族の方がドアから出てくるやいなや私の手を握り締めて「どうしたらいいかわからないんです!助けて下さい」こう叫びました。このような介護する人、介護される人をこれ以上増やしてダメだという強い念にかられ、起業を決意し一新塾に入塾。プロジェクトを立ち上げ、仲間の支援を得て2006年にNPO法人生き活き元気塾を設立。高齢者に、介護・看護されない活力ある人生を過ごしてもらうために、元気で楽しく、健康で長生きの出来る地域社会の実現に邁進しています。

伝統と文化に誇りを見出す社会を目指して 堀田卓哉(一新塾27・29期/株式会社Culture Generation Japan代表取締) )
堀田卓哉(一新塾27・29期/株式会社Culture Generation Japan代表取締役)

◎入塾前は、会社員→ 日本の文化を伝える会社で起業

「このままサラリーマン生活で人生をすり減らしていいのか」「自分を変えるきっかけが欲しい!」、そんな想いから入塾。合宿やチーム活動ではメンバーや講師陣から砕かれ、サラリーマン時代に培った価値観をゼロに戻された場が一新塾でした。そして、ゼロになった時に見えてきたミッションは「日本の伝統や文化に誇りを持てる社会を同世代の仲間と創る」ことでした。ミッションを軸に起業し、東京都美術館と伝統工芸品に新しい価値創造を試みるプロジェクトを展開。ジャパンブランドの未来をつくる「JAPAN BRAND FESTIVAL 2016」の企画運営に携わっています。入塾される皆さんと共に社会変革への挑戦ができることを楽しみにしています。

ロハスで新しい社会を創造する 大和田順子(一新塾9・21期/『アグリ・コミュニティビジネス』著者・サステナブルコミュニティ・プロデューサー)
大和田順子(一新塾9・21期/ロハスビジネス著者)

◎入塾前は、会社員→ LOHASを伝えるビジネスで起業

"人・地域社会・地球を健康にする"ロハスという新しい考え方を取り入れたビジネスの輪を広げたいと考え、07年7月に「ロハス・ビジネス・アライアンス(LBA)」という団体を設立しました。ビジネスを通じて社会の変革を目指すビジネスコミュニティです。そして、さらにこの考え方を政策提言や地域活性化につなげていきたく一新塾に再び参加しました。
一新塾では、コーズ・リレィテッド・マーケティング(CRM)をテーマとしたプロジェに参画。世代もバックグラウンドも様々な方たちとの議論や行動はインスパイアーされることが多く、こうしたダイバーシティ(多様性)から、新しい社会は生まれるのだと実感しています。

足利元気!プロジェクト 佐藤秀雄(一新塾28期/スタイリッシュグループ代表)
佐藤秀雄(一新塾28期/スタイリッシュグループ代表)

◎入塾前は、住宅会社の経営者→ 介護事業へ新規参入

当時の私は野心の塊!28歳で起業した会社は好業績をつづけていました。そんなある日、脳梗塞で生死を彷徨います。この経験から志に目覚め、一新塾に入塾しました。講義では知識とともに、理想と現実のバランスをとる大切さを学び、チーム活動では理念に共感した仲間と「足利元気!研究会」を立上げました。そして現場視察を繰り返し、試行錯誤しながらも新たなプロジェクトが生まれました。それは低価格で高品質な介護サービスを提供する施設と、自給自足農園、自然食のコミュニティカフェを複合した「ふれあい広場」です。ここを基点に市民の手で地域のお困り事を解決するコミュニティをつくり、雇用を生み、地域活性化の起爆剤にしていきます。私にとって一新塾で過ごした時間と出会った仲間は、一生涯の宝物です。

お笑いの力を最大限に活かして社会問題を提起 たかまつなな(一新塾35期/お笑い芸人・株式会社笑下村塾代表)
たかまつなな(一新塾35期/お笑い芸人・株式会社笑下村塾代表)

◎大学生で入塾
  →高校生の政治教育で起業

私は小学校のころ「社会の問題をもっと伝えたい」と子ども記者としても活動しましたが納得いきませんでした。 中学2年の時、お笑いを通して社会問題を発信することができることを知り、「お笑いジャーナリスト」を目指してまず「芸人」となったのです。 芸能事務所に所属し、「お嬢様キャラ」として芸人を始めました。 慶應大学3年の時様々な思いがあり、志を生きる道を求めて一新塾の説明会に参加し、入塾しました。 研修合宿に参加して、社会人の皆さんに励まされ、自らのミッションをより社会に発信すべく、定期的に映像発信を行う流れをつくることができました。さらに、次世代を担う若者が社会の現場の声を知らず、主体的に物事を考える機会が持てない現状を打破したいとチームも立ち上げ。 そして自分のミッションを思う存分生きるため、所属している芸能事務所を円満退社しフリーのお笑い芸人となり再出発。 東京大学と慶應大学の大学院にも進学。
このたび18歳選挙権の授業を高校で行うべく、株式会社笑下村塾を設立し、全国の高校で出前授業を始めました。 「お笑いの力」を最大限に活かして、高校生に社会問題を提起する試みです。

すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ 白根邦子(30・32・34期 一般社団法人happy choice代表)
一新塾30期 白根邦子 一般社団法人ハッピーチョイス代表

◎入塾前、障害者施設に勤務
  → 障害者施設の商品を加工販売する会社を設立

障害者施設で働きながら、障害者は社会の中では「生産性がない人たち」と思われていることに矛盾を感じていました。「自分ができることは?」自問自答の中、一新塾へ入塾し、共感してくれた仲間とプロジェクトを立ち上げました。「すべての人間の価値がお互いに認められる社会へ」というビジョンを掲げて、2013年法人を設立しました。障害者が作る製品を社会へ普及させるため、開発、流通、販売を行い、現在は「日本酒造り」に挑戦しています。2016年2月に、無農薬の酒米を障害者に作っていただき「幸sachi」が完成。自分でしかできない社会での役割があるので、ぜひ、挑戦してください。

腎臓病・透析に関わるすべての人の幸せのために 宿野部武志(25期/株式会社ペイシェントフッド代表・社会福祉士)
宿野部武志(一新塾25期/株式会社ペイシェントフッド代表・社会福祉士)

◎入塾前は透析をしながら会社員、社会福祉士
 → 腎臓病・透析に関わる人の幸せのために会社を設立

私は大学受験のタイミングで透析導入を告げられ、週3回、1回4時間を要する透析をしながら会社員生活を送っていました。 その中で「自分の人生のミッションとはいったい何なのか?」という問いが日増しに大きくなっていき、“自分のやるべきことは、自分と同じように病気で悩み苦しんでいる人達を助けることではないのか”と思うようになりました。 社会福祉士(ソーシャルワーカー)の国家資格を取得し、社会福祉協議会での相談業務・ボランティアコーディネーター等の現場経験をしている最中に一新塾へ入塾。2010年に「株式会社ペイシェントフッド」を起業。その後、「腎臓病・透析に関わるすべての人に幸せのために」をスローガンにしたポータルサイト「じんラボ」をつくりました。一新塾での自身の「根っこ」の徹底的な掘り起こしによって気付いた「想い」を「カタチ」にしたものです。今、透析施設や企業へのコンサルティング事業、講演・研修事業もご依頼いただけるようになったのも、一新塾でも学んだ「現場主義」の姿勢を貫いたからこそ。 これからも、患者の新しいあり方への挑戦をしていきたいと思っています。

障がいがあっても活き活き働き自立できる社会へ 中村淑代(34.36期/NPO法人くまもと障がい者就労支援ネットワーク代表 事業所名「らぷらんどカフェ」)
中村淑代(一新塾34期36期/NPO法人くまもと障がい者就労支援ネットワーク代表 らぷらんどカフェ)

◎入塾前は、障がい者就労支援のNPOでA型の事業所と放課後のデイサービス→(株)Nilseを立ち上げ新商品販売

私は40歳の時、友人の精神病がきっかけで福祉事業所を熊本で始めました。 NPOの立ち上げから3年目に情報も技術もなく思いだけが空回りする中、一新塾の門をたたきました。 一新塾に入ってチームを立ち上げ、東京のメンバーが熊本まで事業所の視察に来て下さり、私を100%認めてくださり、後押していただき勇気をいただきました。 私にとって一番大きかったのは問題解決フレームワーク6つの箱の学びです。自分がどんなビジョンに向かいたいのか何度も取り組む中で、私が支援したい事業所のSさんの状態「頑張り屋だけどなんでも事故や障害のせいにする」傾向が、自分とぴったりと重なる体験をしました。「地方で、女性で、障がいのある息子がいて、なにもできない」と思い込もうとしていた私に気がつきました。彼への励ましは自分への励ましだったのです。それから、ビジョンへの確信が生まれ、結果がどうであれ、精いっぱい挑戦しようと決め、躊躇なく行動できるようになりました。現在、障がい者が主体となって事業を運営し、収益をあげる仕組み作りに邁進しています。Sさんも事業所のみんなも信じられないくらい主体的になりました。事業所を手伝ってくれている母も一新塾で学び、夢を語り合っています。

療育は両育プロジェクト 重光 喬之(27・29期/NPO法人「両育わーるど」ファウンダー)
重光喬之(一新塾27・29期/NPO法人両育わーるど理事長)

◎入塾前は会社員→ 発達障害児の施設を支援で起業

一SEとしてリーマンショックにより解雇されていく社員をみて、社会や組織に疑問を抱きつつもどこか他人事でいました。間もなく脳脊髄液減少症を患い、自らと向き合うなか、社員を大切にした社会起業をと、漠然とした思いで一新塾の門を叩きました。入塾後、学生の頃から続けていた発達障害児者との関わりが、”自分も人も嫌い”から”自分も人も好き”へと私を変えてくれたことに気が付きました。発達障害児者が生き生きしている社会では、人々が自ずと立場や価値観を超え相互理解できる社会が実現できると、彼らの関わりから私は実感しました。一新塾の仲間と「療育は両育プロジェクト」を立ち上げ、NPO法人化できました。メンバーや塾生との向き合いが、私に火をつけ、時に冷静な視点を与え、ビジョンが日に日にリアルなものとなっています。

河内 智之 (一新塾27・31期/NPO法人未来をつかむスタディーズ代表)
河内智之(一新塾27期・31期/NPO法人未来をつかむスタディーズ 代表)

◎入塾前は予備校講師→ 社会と繋がる教育NPO起業

銀行→青年海外協力隊→法律事務所→塾予備校と転々としてきた。
40歳「不惑」を目前にして、「自分が本当にやりたいことは何か」「自分は社会にどんな貢献ができるのか」それを突き詰めて、惑わず生きる道を決めたい。そんな想いで一新塾の門を叩いた。
入塾後、講師の話を聴き、塾生やスタッフと話す中で、自分と社会が交錯する課題は「教育」であることを確信。「生徒が自分らしく生きるための道しるべとなるような理想の学校を創りたい!」一新塾でのチーム活動が基になり、この3年間で100コマ以上の授業を学校で実施した。
現在、NPO法人を設立し、日本の教育に貢献したい一心で活動中。
一新塾には「志を育む土壌」がある!

グアテマラの農村から日本の農村へ 河内毅(一新塾20期/中越防災安全推進機構・復興デザインセンター)
河内毅(一新塾20期/中越防災安全推進機構・復興デザインセンター)

◎入塾前は、青年海外協力隊 → 地域防災リーダー

入塾前は中米のグアテマラなどの途上国の農村開発に携わってきたのですが、「日本の農村の方がもっと危機的な状況にあるのではないか?」そんな思いから帰国後一新塾の門をたたきました。
現在は、中越地域の復興支援や防災に携わっています。元々日本に現場を持たなかった自分が、こうして地域に入り込み活動できているのは、一新塾で知り合った仲間との縁があったからです。また、今振り返ってみても一新塾での一年は自分にとっても予想以上の変化を得られた期間でした。是非、皆さんも一新塾で自身の思いを実現させる「きっかけ」を見つけてください。 

脱サラして『病児保育』で起業!賀川祐二(かがわゆうじ)NPO法人病児保育を作る会代表理事
賀川裕二(一新塾15・17期/NPO法人病時保育を作る会代表理事)

◎入塾前は、会社員 → 病児保育で起業

会社を辞める時、「自分が困った病児保育事業をしたい」とは考えていたものの仲間はいませんでした。 最初の一歩は一新塾。共感しあえる、医師や保育士、行政家等多くの専門家と知り合え、意見交換をしたり、関係者の紹介を受けながら少しずつ進んできました。今は、プロジェクトメンバーや保育スタッフ合わせて多くの方と事業をしています。 一新塾は、一人でもやりきる気持ちを持ちながら、強くシンプルなメッセージを発すれば必ず共感する方が現われ、仲間になってくれます。ぜひ。皆さんも仲間を得るために一新塾に参加してください。本当に多様な方々がいて、事業の協力者が得られます。

木舟 周作 (一新塾17期/株式会社たびえもん社長)
木舟周作(一新塾17期/旅に行きたくなるカフェ(株)「たびえもん」社長)

◎入塾前は会社員→ 練馬で「旅行+カフェ」で妻と起業

私のこれまでの人生で最大の経験は、20 代後半に挑戦した世界一周自転車旅行です。906日間かけ、走行距離は40856km!多様な文化や風土に触れ得た体験は、今の私 の原点になっています。一新塾は多くの塾生の思いがぶつかり合う場で、沢山の刺激を受けました。と同時に、結局は自分自身がいかに本気で動けるかという点に尽きる、と学びました。2012年4月、カフェと旅行会社が一緒になった『たびえもん』を妻と共に東京・練馬にオープンしました。(3人の子育て真っ最中)創業理念は「旅育」。旅には好奇心や挑戦心を育てるチカラがあります。カフェでは「子連れ旅行講座」を定期的に開催。「海外旅行で子供は育つ!!(子供の人生を豊かにする“旅育"のススメ)」の本も出版しています。

FM+SNS 笑顔倍増プロジェクト 佐藤 勝(36期/「渋谷のラジオ」ファウンダー・チーフプロデューサー)
佐藤 勝(一新塾36期/「渋谷のラジオ」ファウンダー・チーフプロデューサー)

◎入塾前は不動産会社経営・ミツバチPJで渋谷緑化活動 → 「渋谷のラジオ」運営

私は渋谷の町が大好きです。しかし渋谷で不動産業を営む中、10年以上前から空調機が効かないクレームが急増。ヒートアイランド問題です。
「このままでは孫に申し訳ない。なんとかしたい。渋谷を守りたい」と2011年から渋谷みつばちプロジェクトを開始。2013年には「SHIBUYA-FM」の閉局を知り、自ら代表になり再生活動もはじめた。2020年東京オリンピックまでにヒートアイランド問題解決を目指して一新塾に入塾。多様な方と出会い学びあう中で「自分がすべてやるのではなく市民・企業・行政の力を合わせられる仕組みづくりをしてゆこう」とミッションが定まりました。
2016年4月「渋谷のラジオ」本放送を箭内道彦氏、福山雅治氏等の協力を得て開始し、木曜のパーソナリティーは「ヒートアイランド改善」をテーマに私が担当中です。一新塾の仲間もラジオ出演多数。

平川浩之(一新塾36期/株式会社 Ring Link 代表)
平川浩之(一新塾36期/株式会社 Ring Link 代表)

◎入塾前は会社員→ 長野でコミュニティーハウス + コミュニティカフェ経営

主人公が余命半年を宣告される実話の映画を観て「世の中に役立つ仕事」で起業を決意。具体的な起業準備のため、一新塾に入塾しました。
一新塾に入り、ミッション・ビジョン・プランを研ぎ澄ませ、24年勤めた会社を退社。チーム活動では永続可能な社会を目指して「理想のコミュニティー」づくりの前段階としてのシェアハウス事業を開始するため共に現場視察にまいりました。そして、3大貢献活動を「自然栽培の普及」「森林再生」「子育て支援」と定め、長野県原村の不動産を購入、2016年1月に原村に移り住み、3月からシェアハウスの一部入居開始。メンバーの塾生も東京の仕事を辞めて私のシェアハウスに入居、すぐに希望の仕事も決まりました。今後さらにこの理念に賛同してくださる方に入居していただき、社会貢献度の高い事業を生み出し、100人規模のコミュニティハウス事業を拡散してゆきたいと思っています。

自分の志のルーツは人のつながり 大島哲也(一新塾19期/irori代表・禁煙サルサ運営委員・NGO支援隊代表)
大島哲也(一新塾19・21・23・29期/irori代表・禁煙サルサ運営委員・NGO支援隊代表)

◎入塾前は会社員→ シェアハウス + 禁煙サルサで 起業

私は新宿でシェアハウスを経営しながら禁煙環境でのサルサダンスイベント「禁煙サルサ」を行っています。一新塾に入塾したばかりはぼんやりしていた自分の志を森嶋さんをはじめ塾生のみなさんと想いをぶつけ合い、明確化していき、自分の志のルーツが「人のつながりによって課題を解決し参加者の自己実現の助けになるような場をつくること」であることに気づかされました。そこで一新塾内のチーム活動として始めたのが食べることから始まるコミュニティづくりiroriです。このように一新塾は既存の教育機関のように"正解"を一方的に押付けるのではなく、塾生一人ひとりの志の"根っこ"を掘り出し、各人が志に基づいた活動を最大限できる貴重な場であると私は確信しています。

木暮 裕 (一新塾26期/医師,「いきがい訪問診療所」院長)
小暮裕(一新塾26期/医師)

◎入塾前は病院の医師 → 「生きがい訪問診療所」開業(在宅医療)

「世の中のために自分に何ができるのか」を探しに一新塾に入りました。講師や仲間との対話を通して、本当にやりたい事、自分とは何者なのかを深く掘り下げられました。そして"自助カルテ"という患者と医者のコミュニケーションノートを考案したり(宮城県の被災地でも活用されています)、セミナーを開催したり、組織を立ち上げたり、沢山の経験をし、多くのことに気づかせてもらいました。その結果、自分が救うべき患者達に気がつき、自分のPJの必然性とみんなの幸せのために自分がいることに気がつきました。あなたの人生を生きるきっかけになる場だと思います。

笹淵 恭子 (一新塾25期/「いぬゐ郷」代表)
笹渕恭子(一新塾25期/『コミュニティテラスいぬゐ』代表)

◎入塾前は音楽研究者→ 地域再生のため食と農で起業

1968年フランス政府給費留学生としてパリ大学留学。その後、日本の大学への就職を辞退し、日本とパリで研究生活のみの半生を送りました。1990年代に家族の看病、介護で旧幕張地区へ。地域のボランティアに携わってきました。 西洋音楽の歴史で起こったことが日本社会にもそのまま当てはまるとの考えに至り、2009年、一人暮らしの高齢者の増加、出来合いの食事、耕作放棄地の問題解決に向けた地域コミュニティを住民の手で創り上げる動きを起こしたいと、一新塾に入塾しました。そして、世代を超えた仲間のサポートも得て、自宅を開放して、『コミュニティテラス<いぬゐ>』を立ち上げ、小さな一歩を踏み出すことが出来ました。現在の団体名はいぬゐ郷です。

星野麻実
星野麻実(27・29期 NPO法人キッズバレイ代表理事)

◎入塾前は会社員→ 地域教育リーダー

群馬県桐生市で、「若者・子育て世代のくらしを支援して、地域経済を活性化すること」をミッションに、安心して子育てと仕事を両立してもらうため、「きりゅうアフタースクール事業」「起業支援事業」「コワーキングスペース事業」の3つの事業を柱に活動しています。
塾生時代、1年目はメンバーとして熊本県阿蘇のプロジェクトに関わりました。その中で、たくさんの刺激を受け、「自分ももっと活動してみたい!」と、桐生に帰り、自分のプロジェクトを始めました。
一歩踏み出してみると、たくさんの出会いがあり、考えも深まり、日々成長を実感しています。一新塾で出会った仲間とは、卒塾後も連絡をとりあっており具体的なコラボレーションも生まれています。

クルマ社会の次の時代を創る 阿部等(一新塾4・5期/株式会社ライトレール代表取締役社長)
阿部等(一新塾4・5期/螢薀ぅ肇譟璽訛緝充萃役社長)

◎入塾前は会社員→交通問題のコンサルタントで起業

「排ガスを撒き散らし、たくさんの交通事故を起こすクルマが、世の中で使われ過ぎている」「鉄道をもっと合理的に運行すれば、はるかに便利にできる」私が小学校の頃から40 年間抱き続けた思いです。大学・大学院と交通計画を専門に学んでJR 東日本に入社した後、様々な刺激・知識・出会いを得たいと一新塾の門を叩いたのは平成10 年。そこでの出会いが、起業という選択肢への気づきとなりました。平成17 年、将来は鉄道会社を興すことも念頭に( 株)ライトレールを起業!「人々の生活利便性や幸福を犠牲にすることなく様々な交通問題を解決し社会に貢献する」をミッションに日々奮闘しています。

黒田 忠晃 (一新塾23期/「La C Lo」代表・NPO法人親育ネットワーク代表)
黒田忠晃(一新塾23期名古屋地域科/数学コーチングスクール代表 )

◎入塾前は会社員→ 新しいスタイルの学習塾起業・親育ネットワークも設立

通信キャリアで社会人経験後、「先生になりたい」という夢を実現すべく、学習塾へ転職。指導に全力を注ぎましたが、業界と自分の教育観とのずれに違和感を感じ退職。よりよい教育とは何か、これからの時代に何が必要なのかを追求しようと模索していたところに、一新塾との出会いがありました。
すべての講義、合宿、現場視察に参加する中で「主体的に行動すること」、「現場主義の重要性」を学び、様々な世代・業種の方々との交流を通じて、自分の視野・思考に変革を起こした、大きな転換期となりました。今、理想の教育を追求する場「La C Lo(ラクロ)」を自ら立ち上げ、考えに賛同してくださった保護者や子どもたち、一新塾の仲間などたくさんの人たちと協力しながら、主体的市民として、日々奮闘しています。
2015年には、NPO法人親育ネットワークを設立しました。

カリキュラムを見る
無料 「体験ワーク&説明会」 資料請求

議員へ転身!

市政から日本を変える 熊谷 俊人(一新塾18期/千葉市長)
熊谷 俊人(一新塾18期/千葉市長)

◎入塾前は、会社員 →市議会議員→市長

一新塾の思い出は、やはり「行動」です。小さなことでも馬鹿げたことでも、まずやってみるという精神が一新塾の精神だと思います。私自身もそこで殻を破られたような気がしています。自分たちのことは自分たちで決める。自分たちのことは自分たちが責任をとる。これが私は民主主義の根幹であると思います。地方分権の時代にあって最終的にこの国の活力を決めるのは、基礎自治体であり、また自分たちの目の前のコミュニティが元気であるどうかだと思います。多くの議論と行動をもって、この国を大きく一緒に変えてゆきましょう。
※一新塾本「根っこ力が社会を変える」に6つの箱

「人生一度きり、力強く生きよう!」 久保田后子(6期 宇部市長)
久保田后子(一新塾6期/宇部市長)

◎入塾前は、主婦 →市議会議員→県議会議員→市長

生まれも育ちも東京ですが、20年あまり前、夫の故郷の宇部市にIターンしました。ゼロからの出発だから自分で切り拓くしかないと、子どもを連れて地域に飛び込みました。「保育園のおやつを添加物のないものに」など素朴な思いを発信するうち、草の根の活動から市議会議員として政治の世界に。「台所の声を届けます。」という、食をあずかるところから見える地域課題。住民の声を聴き、住民参加のまちづくりが原点です。
県議を経て、山口県初の女性市長となり、現在2期目、”市民と語る・考える・動く”を基本姿勢に、奮闘中です。人生は一度きり、多くの人がチャレンジしていくことがまちを変え、日本を変えると思います。皆さんの志のが花開きますように!

自立した市民によって新しい金沢を切り拓く 山野之義(一新塾17期/金沢市長)
山野之義(一新塾17期/金沢市長)

◎入塾時は、市議会議員 →市長

市議会議員になった時、私は自分に2 つのノルマを課しました。一つは自分がトップだったらどんな判断・決断をするかを常に意識しようということ。もう一つは、2〜3か月に1回はあえて金沢の外に出ること。一新塾にいろんな思いをもった方の中に入って自分に刺激を与えたいとの思いで入塾しました。石川県の一新塾生と交流する機会も得ました。
2010 年12月より金沢市長として、これまでの金沢の個性をしっかり守りながら、自立した市民=市民ブレインとの協働を進めることで、新しい金沢を拓くべく邁進中です。

主体的市民の輪を広げよう 秋山浩保(一新塾16期/柏市長)
秋山浩保(一新塾16期/柏市長)

◎入塾前は、会社役員 →市長

2005年に入塾しました。当時は仕事との両立は大変でしたが、「6つの箱」を何度も書き換えることで問題意識の輪郭がはっきりしてきました。私は主体的市民が広がらないと社会はよくならないと思います。主体的市民の活動には、いろいろな形があり、その一つ一つがどれも尊いものです。いろんなところで壁にぶつかると思います。でも、めげないで、焦らないで、諦めずにみんなが励まし合って、そして正しいことやっているという信念のもとに、ぶれずに主体的市民の輪を皆さん自身で広げていただきたいと思います。ともに頑張っていきましょう。

志民の中にこそ未来を切り開く叡智がある 本川祐治郎(一新塾18期/氷見市長)
本川祐治郎(一新塾18期/氷見市長)

◎入塾前は、家業経営 →市長

議員秘書、商工会議所、家業経営、プロファシリテーターとして起業。その過程で、一新塾に入塾しました。私は26歳までフリーアルバイターでした。振り返ってみると、転々とし続けた人生ですが、多様なセクターでの多彩な経験が、事の本質を考え抜く力と柔軟発想で局面打開する術を身につけさせてくれました。
中途半端な問いかけでは人生も地域も変わらない。一新塾を初めとする高い志の仲間が集うコミュニティで学び続け、「志民の中にこそ未来を切り開く叡智がある」と呼びかけ、2013年4月富山県氷見市長に初当選いたしました。多様な人々が集うフューチャーセッション、つぶやきをかたちにするファシリテーションで政治・行政のあり方を変えていきます。

全国最年少首長として現場主義を実践 武廣勇平(一新塾14期/上峰町長)
武廣勇平(一新塾14期/上峰町長)

◎入塾前は、大学生 → 議員秘書 → 町長

2009年3月、佐賀県上峰町の町長になりました。私も一新塾第14期で学びました。一新塾で学んだ「現場主義」で上峰町政改革を進めていきたいと思っています。 今、自治体は財政難で、事業等がなかなか出来ず、「絵」を示していくことが出来ない環境にあります。5年ぶりに一新塾に訪れ、お金がなくても発信できるんだ、モデルを創れるんだ!1800ある自治体の中でオンリーワンのモデルを目指していこうという決意を新たにいたしました。皆さんと協働しながら、一生懸命、新しいまちづくりを進めていきたいと思っています。

地元函館のために働きたい 荒木明美(一新塾24期/函館市議会議員・はばたきの会代表・(株)ILikeIT代表)
荒木明美(函館市議会議員)

◎入塾前は、会社員 → Uターン → 起業 + 市議

東京で一会社員だった私が、地元函館のために働きたいと思ったのが8年前。自分の頭だけでは堂々めぐりになり、一新塾の門を叩きました。講義に共通する大義に感動し、人生の方向転換をする覚悟も決まり、函館へUターン。
2015年4月、無所属市民派として市議に初当選。市民活動(女性の自己実現の支援他)、経済活動(エゾシカ革製品の製作販売)、に政治活動も加わり、函館が生き残るまちになるよう三方向から活動中です。
一新塾では、人生の師となる講師とも出会えました。今後も自分が迷った時に立ち戻る場です。皆さんも、まずは一歩踏み出してください。

藤本 好彦 (一新宿塾20期/百姓・元南アルプス市議会議員)
藤本好彦(一新塾20期)

◎入塾前は、農家と農業高校教師 → 市議会議員

「全国から本気の者が集い、周りを本気にさせる場」それが一新塾です。「農」を土台としたまちをつくりたい。その思いを胸に入塾しました。今日一日「本気」になること、そうすれば「想い」は必ず「共有」され、「形」になる。
仲間とチームを立ち上げ、NPO法人化し、どんどん「ほったらかし畑」に足を運んでもらい、種を蒔いていきます。卒塾後に南アルプス市議会議員へ立候補し初当選させていただきました。畑の上から農業政策を提案していきます。百姓として政治家として、「心」の豊かさを感じられる、「農」を土台とした地域の文化と風土を、次の世代につなげたいのです。そのために、今日一日、「本気」で行動しています。

40歳を節目に政治への決断 田嶋要(一新塾11期/衆議院議員)
田嶋要(一新塾11期/衆議院議員)

◎入塾前は、会社員 → 衆議院議員

2003年6月まで普通の会社勤めをする生活者でした。既存の仕組みが限界に来ているのを痛感する一方、生活者による日本再生の"胎動"も感じていました。
私が一新塾で過ごした時間は、この"胎動"を再確認し、塾の仲間との切磋琢磨を通して政治の道への意思を最終確認するプロセスとなりました。お陰で、40歳を節目としたこれからの時間の使い方に納得いく決断と行動ができたと思っています。国会での生活は、早朝の勉強会から連日の議会まで、毎日が一新塾のような生活です。

「レスパイト施設で主婦が政策提言」近藤幸子(元愛川町議会議員)
近藤幸子(一新塾14期 元愛川町議会議員)

◎入塾前は、主婦 → 町議会議員

「障害児・者を養育する家族が病気、介護疲れの休息の為に家族に代わって看てくれるサービス」。それがレスパイト施設です。長男に障害のある私は行政や議会にレスパイト事業の提言をしていました。その壁を感じていた時に、一新塾に出会いました。 一新塾の塾生の方々、理事の方々のご協力もあり、2005年には地元の病院で事業がスタートしました。その後、「政治とは人を幸せにするもの」という思いで町議会議員になりました。一新塾の門を叩かなければ今の私は絶対になかったと確信しています。

カリキュラムを見る
無料 「体験ワーク&説明会」 資料請求

仕事をしながら市民プロジェクト

野田香里(一新塾20・22・25期/執筆業・映画監督)
野田香里(一新塾20・22・25期/執筆業・映画監督)

◎フリーランス(翻訳・編集)+ 映画監督 + 市民プロジェクト

もともと「多彩な講師の話を取材できる」という軽い動機で入塾した私。同時期に映画制作もしており、2008年、初監督作品「こんにちは歌舞伎〜竹本清太夫みなかみへ行く」を完成させました。地方の文化資源の舞台裏を撮ったこのつたない映画は、三重県庁、国土交通省観光庁と、一般上映より先に官公庁で上映されました。「今なぜ自分はこのことに興味を持っているのか」「個」の問題意識が「時代の課題」に直結することを一新塾によって叩き込まれ、支えてくれる同期が私の思いをブラッシュアップ。行動、発信する楽しさと勇気をもらっています。

宮古諸島つかさ応援プロジェクト 橋本弥生(一新塾27・29期/会社員)
橋本弥生(一新塾27・29期/会社員)

◎外資系の会社員 + 市民プロジェクト + 政策提言

外資系の銀行に勤めつつ、毎日忙しくしながら、ひとつのものを奪い合うゼロサムゲームに限界を感じていました。日本のために何かしなくてはと思っている時、旅行で訪れた伊良部島で、素晴らしい聖地を守る「つかさ」という役割を担う後継者がいなくなっているという現状を知りました。刻々と変わっていく情勢・環境の中、自然を守ること、日本の文化を守ることこそ今必要な自分の使命だと思いました。銀行経験しかない私は、社会活動のノウハウ等を得るため一新塾の門をたたきました。「自分軸」(志)と「現場主義」を尊重する一新塾では、色々学ぶことがありました。先日、一新塾で出会った仲間と東京でのイベントを行い、集まった寄付金を宮古島まで渡しに行きました!

すべての人が街のキャスト(出演者)になれるまち 児島秀樹(グッドモーニング仙川!プロジェクト代表)
児島秀樹(34期/グッドモーニング仙川!プロジェクト代表)

◎会社員 + 市民プロジェクト

受験戦争、厳しい父親に怒られないように振る舞ってきた人生。大学から上京、就職、結婚、住宅購入と人生の階段を登ってきたが、人生の目標を見失い一新塾に入塾。気に入って住み始めたのに、10年経っても街を何も知らない現実に愕然。駅前で一年間毎朝一人でゴミ拾いを続け、多くの友達ができた。(一新塾で立ち上げたチームの仲間も応援してくれた)
現在はゴミ拾いイベント毎月開催、緑化活動を通して花を増やしながらミツバチプロジェクト準備。主体的に動くことで自分の居場所ができ、自分の街になった気がした。
一新塾に通った時間は、本当に得難いもの。価値観を共有できる同志の中で自分をさらけだすことができる安心感。本当の自分を生きるための気づきを与え続けてくれた一新塾には本当に感謝しています。

オトナからコドモへ 渡辺雅則(一新塾13・15・17期/公園芝生化プロジェクト代表)
渡辺雅則(一新塾13・15・17期/選挙セールドットコム代表)

◎早期退職で定年 + 政策提言

「想像力と創造力はオトナの部分の働きではない。仮説を立てる能力も、その人のコドモの部分である。感動のある人生を送るためには、自分の中のコドモを蒸発させてはならない。」これは司馬遼太郎随想集「風塵抄」にある「高貴なコドモ」の一節です。私は02年会社を退職した団塊の世代。オトナからコドモに生まれ変わる、そうした場を提供してくれたのが「一新塾」でした。オトナのしがらみと論理で動く社会に、同志と共にコドモの視点と行動力で挑む、そうした塾の現場主義が、私のコドモ心を刺激してやみません。現在は品川区の公園の芝生化プロジェクトを実践中です。

相互理解とホスピタリティーに溢れたこの国の一員になる 全いるち(一新塾16期/RaRa Solution代表)
全いるち(一新塾16期/RaRa Solution代表)

◎会社員 + 市民プロジェクト

在日韓国人二世の私にとって、均質化した価値観に覆われた日本社会はとても息苦しい社会でした。しかし、息苦しいままの社会を三世になる息子たちに委ねるわけにはいきません。『如何なる人もありのままの命で生きることができる社会・・・この国の空気を変える!』。そう訴えながら、重たい扉を開け入塾しました。現役生として1年、一新塾運営のボランティアとして5年。多くの仲間たちのありのままの命、つまり「根っこ」に触れ、息苦しいと感じていたのはこの国の空気ではなく、私自身の命がありのままではなかったことを知りました。重たかった扉の向こうにあった学び舎は、相互理解とホスピタリティーに溢れたこの国の底力を教えてくれています。

国際理解教育で世界をつなぐ 我妻みず穂(一新塾22期/団体職員)
我妻みず穂(一新塾22期/団体職員)

◎団体職員 + 市民プロジェクト

一新塾との出会いは、人生を変える運命的な出会いでした。自分のやりたいことへのアプローチに悩んでいたときに、今の自分に必要なのはこれだ!と直感し、入塾しました。かつて青年海外協力隊員として赴いたシリアのパレスチナ難民キャンプで実感した「子どもたちのために何かがしたい!」との思いに突き動かされ、異文化交流や国際理解教育で世界をつなぎ、“憎しみ”より“理解”を育てようというプロジェクトを立ち上げました。プロジェクトではシリアのパレスチナ難民キャンプの子どもとと日本の子どもたちの交流を行いました。常に自分が試され、壁にあたる毎に自分も成長し、プロジェクトの根も太くなっていると思います。

多文化共生社会の実現を目指して 井口正富(一新塾14期/通訳・翻訳業)
井口正富(一新塾14期/通訳・翻訳業)

◎通訳・翻訳 + 政策提言

私は長年商社マンを務めた後、会社を早期退職しました。動機は「会社の為」ではなく、少しは「社会の為」という価値観で生きたいと考えたことです。そんな時、一新塾を知り入塾しました。塾では様々な世代や職業の人が、政治、教育、環境、福祉等様々な分野で活動していました。ビジネスしか知らなかった私にはそのすべてが新鮮でした。私は数人の仲間と外国人問題をテーマに活動を始め、官庁、自治体や市民に多様性を受け入れる社会を目指そうと提言しました。一新塾は私に社会的活動を行う意欲と、共に行動する同志を得る機会を与えてくれました。

勝見 恭子 (一新塾24期/NPO法人地域子ども応援団「めだかの学校」代表)
勝見恭子(一新塾24期)

◎会社員 + 市民プロジェクト(NPO法人立ち上げ)

「あなたにしかできないことが、きっとある!」今、毎日が辛いと感じている子供達にそう伝えたい。そして、少し前まで辛くてもがいていた過去の私にこう伝えたい。「私は今、過去の経験があるからこそ、夢に向かえています」と。2009年5月「笑顔と夢を運ぶサンタクロースになりたい。」ただその言葉だけが、自分が心から納得できる譲れない夢でした。一新塾で、志にとことん向き合いました。私は今、思春期・反抗期の子供達の心の痛みを受け止められる人を目指して、そして、そんな子供と身近な大人達のご縁がつながる地域づくりを目指して、無料学習サポート教室「めだかの学校」を2010年2月から続けています。2014年NPO法人化し、笑顔と愛を運んでいます。

団塊世代が地域で輝くハッピーセカンドライフ 坂田静子(一新塾16期/会社役員)
坂田静子(一新塾16期/会社役員)

◎公務員 + 市民プロジェクト

定年が近づくと、「これからどうする?」が親しい人との会話に度々上ります。しかし毎日仕事に追われ、気がついたら準備なしに退職、第2の人生、ということになりかねません。
私は一新塾の多彩な講師に魅力を感じて入塾しましたが、第一線の新鮮な知識や情報だけでなく、主体的に考え行動する講師の姿に"力"をいただくこととなりました。現役生の時は「団塊の世代が地域で輝くハッピーセカンドライフ」をテーマにチームを立ち上げ。様々な議論する仲間ができました。

墨田区にガバナンスを提言 石川美雅(一新塾18期/会社役員・NPO理事長)
石川美雅(一新塾18期/会社役員・NPO理事長)

◎会社経営者 + 政策提言

墨田区で会社を経営する傍ら、約20年間墨田区の様々な審議(委員)会の委員を務め、NPOの理事長として子育て支援施設を経営してきましたが、自分一人での活動に限界を感じ、志を持った仲間を求めて一新塾に入塾しました。
墨田区に協働事業について提言した1年間のチーム活動は私にとっても素晴らしい経験でした。現在も墨田区に協治・協働社会を実現するために活動中です。自分の人生を見直して新しい一歩を踏み出してみたい人、ぜひ実行してください。考えてばかりでは何も前進しません。

児童虐待の発生は予防に勝るものはない 佐藤孝典(一新塾25期・子ども虐待予防プロジェクト代表)
佐藤孝典(一新塾25期・子ども虐待予防プロジェクト代表)

◎児童福祉職員 + 市民プロジェクト

これまで教育、児童福祉の仕事に携わってきました。虐待に苦しむ子どもの姿に心を痛め、既存の制度以外にも発生を防ぐ方法を模索していた時に一新塾を知り、共に活動をする仲間と新たな知恵を得る為に入塾しました。
私は一新塾で自分の志を支えてくれる仲間に出会いました。そして現場主義、行動する事の大切さを学びました。一新塾での活動を通じて児童虐待に関わる当事者と会い、苦しみを知り、私は児童虐待問題に取り組む覚悟が決まりました。私1人では為し得なかったシンポジウムを3人の仲間と一新塾スタッフの支援のもと開催もできました。今後も一新塾での学びを活かして、児童虐待予防に向けて励んでいきたいと思います。

医療改革の理解と意欲を高める本を出版 桑間雄一郎(一新塾5期/べ須イスラエルメディカルセンター医師)
桑間雄一郎(一新塾5期/べ須イスラエルメディカルセンター医師)

◎医師 + 政策提言

当たり前のことを当たり前に実現できる世の中のことを、当たり前に語り合える場と仲間が欲しかった。世の中をこう変えたいというビジョンを、実はたくさんの人が持っている。でも、個人レベルでは皆が愚痴を言いあうだけで我慢するにとどまっている。
一新塾の講師の方々は皆、勇気を持ってすでにアイディアを実行に移した人々。だから、一新塾で時を過ごすと、実行への勇気が自分にも湧き上がる。 そして私は広く国民全員の医療改革への理解と意欲を高めるべく、一冊の本を出版した。原稿の3分の2は実は一新塾に通っていた頃にすでに書いてあったものだ。今回の著作は、自由になった私の日本を愛する叫びなのである。

『市民がつくる道州制』奮闘中 藤井秀一(一新塾3・9〜17期/会社員・道州制ドットコム代表)
藤井秀一(一新塾3・9〜17期/会社員・道州制ドットコム代表)

◎会社員 + 政策提言

2002年2月に一新塾で受けた加藤哲夫氏のワークショップ授業が私の人生を変えました。その夜、道州制実現で意気投合したメンバー6人がお金を出し合って3万円を集め、ホームページを立ち上げ、「道州制ドットコム」が発足いたしました。 それから数年後には立ちホームページが「道州制」検索ナンバーワン。主催したシンポジウム「市民がつくる道州制」では、152人の参加者と6社の新聞社の方にお越しいただきました。自分たちで動いてこそわかることが本当にたくさんあります。そして私たちは今日も「生活者主権の道州制」実現に向けて、市民の皆さんと一緒に日本を変えてゆく活動中です。

子供たちに市民の芽を 山之内淳史(一新塾12期/会社員)
山之内淳史(一新塾12期/会社員)

◎会社員 + 市民プロジェクト

私は結婚という人生の節目を迎えて、地元コミュニティとの接点のない生活そして明るい展望を持てない日本に何か自分ができることは何か?という問いを持って一新塾の門を叩きました。 一線で活躍されている講師のお話に自分の無知を思い知らされ、塾仲間にはお互いの志に触れ刺激し合う信頼という絆をいただき、プロジェクト現場では自分勝手な思い込み気づかされる濃密な日々でした。子供たちとのワークショップをやりたいと想って、実践を重ねている内にオリセンの方からお声がかかり、商店街向け中高生まちづくりWSを実施したのは私にとって奇跡のような体験でした。あの時の子供たちの笑顔は本当に一生の宝物です。そして最後になりますが、まず自ら現場に動き出せるようになったことが私の人生にとってその後につながる大きな収穫であったと考えております。

言いだしっぺがはじめる現場主義は一新塾の伝統 倉田剛(一新塾9期/会社員)
倉田剛(一新塾9期/会社員)

◎会社員 + 政策提言

もともと私は大前研一氏が立ち上げた『平成維新の会』の若手の活動グループで活動していました。グループの有志で「政治家志望や社会を変えたい、と考えている人のための塾・学校をはじめたらどうか」ということを当時の事務局に提案。すると「それは大変良い提案だ。それではあなたたち、自分でやったらどうか!」と言われ、本当に立ち上げたのが一新塾のはじまりでした。
その後一新塾は常に変化(進化)を続けていますが、当初からの『現場主義』は変わることなく、今も引き継がれています。みなさんもぜひ、このような一新塾で人生を変えてみませんか!

カリキュラムを見る
無料 「体験ワーク&説明会」 資料請求
塾生の声
塾生の声
一新塾出身議員
一新塾出身社会起業・NPO
東京本科のチームプロジェクト活動
塾生のメディア掲載
塾生の出版本
メールマガジン


   
事務局長ブログ twitter
カリキュラム
▼地域・通い方から探す 本科 東京 地域科 大阪・名古屋 地域科 仙台 通信科 全国 ▼カテゴリから探す 政策提言 社会起業 市民プロジェクト
一新塾の出版本
ページTOPへ戻る