一新塾ニュース
5月30日号(第5号)

僧侶との面談

みなさんこんにちは。
今回の一新塾ニュースは第6期生若林さんより、紛争地レポート第一弾をお送りします。若林さんは、昨年国際NGOの派遣員としてスリランカ・イスラエルの紛争予防NGOの活動を調査されました。インタビューを交えた現地レポートをご覧下さい。またご覧になられた感想など、お気軽にお寄せください。


【第5回テーマ】 「僧侶との面談」

 スリランカ。南西アジアの国際政治に興味がある人ならば、この国名を聞いてすぐに「シンハラ人とタミル人の国内紛争」が思い浮かぶに違いない。セイロンティーの産地として世界に名を馳せたスリランカであるが、1948年のイギリス統治からの独立以来、75%の多数派を占める仏教徒シンハラ人と、少数派のヒンズー教徒タミル人との間で国内紛争が続いている。特に16年前に始まったシンハラ政府軍とタミル人反政府組織LTTE(タミールイーラム・解放のトラ)による交戦は、日本ではあまり報道されることはないが、今年に入ってからも政府軍の北部戦略拠点であるジャフナが奇襲攻撃を受け多数の死傷者が出るなど、年々その激しさを増している。

 あまりピンとこない人もいるかもしれないが、日本の国益の観点からもスリランカの国内紛争は看過できない。国際NGO活動において国益をあまりに強調するのは必ずしも得策ではないが、スリランカ周辺海域は日本のシーレーンにとって地政学的に重要なのだ。近年、日本船籍を狙った海賊が南西アジア海域で頻発しているが、スリランカの一部テロリスト組織もこれに深く関与している疑いが極めて強いと言われている。こうした理由から日本は何らかの対策を打つべきなのだが、憲法や国際法上の制約により、国家としてはなかなか有効な手段が講じられない。そこで活躍が期待されているのが国際NGOなのである。

 私は一新塾・第6期生として、安全保障政策や自衛隊の問題を研究テーマにして活動してきたのであるが、「紛争予防」(Conflict Prevention)を主眼におくNGOのスタッフとしてスリランカのプロジェクト調査を行なう機会を得た。今回のレポートは、昨年11月から行なわれた現地調査活動の一部である。


シンハラ人が多数を占める南部地域は、スリカンカ全土でも特にシンハラ・ナショナリストが多いと言われている。私を含むスタッフ全員は、現地NGOのコーディネイトにより、12月中旬より地元民の思想的リーダーである僧侶達から貴重な意見を聞く事ができた。
 我々が訪れたのはシヤム派仏教寺院のS僧侶である。約50名の僧侶を率いるS僧侶は、地元でも"シンハラ至上主義者"と揶揄されるほど過激な思想を持つ人物して知られている。事前にブリーフィングを受けた後、午前10時にS僧侶の待つ寺へと到着した。
 寺の前では、S僧侶とその弟子、また檀家(ダーヤカ)と思われる10人前後の人々が腕組みをして出迎えてくれた。S僧侶は髪の毛はおろか眉まで剃り落としている大柄の人物で、独特の威圧感が感じられる。我々は寺院内部に案内され、緊張の面持ちでインタビューが開始された。
 まず我々NGOの活動趣旨を説明した後、S僧侶の紛争に対する見方を聞いた。すると氏は重々しい表情で、「スリランカは仏教国でなければならない」「タミル人は侵入者(Invader)」などの言葉を交えながら、スリランカにおけるシンハラ人がいかに歴史的正統性を持っているかについて詳しく説明した。
以下はそれを受けてのやりとりである。

私(以下W):LTTEと政府軍との紛争は既に16年も経過し、双方に多くの犠牲者が出ていますが、これについてどうお考えになりますか?
S僧侶(以下S):シンハラ人はタミル人と調和しながらやってきた時代もあったが、プラバカラン(LTTEのリーダー)のようなやつがタミル人を扇動して紛争が始まったのだ。シンハラ人としてはタミル人の武力による攻撃に対して、武力による防御を行なうしかないのだ。
W:独立後のシンハラ・オンリー政策(シンハラ人優遇措置)や、シンハラ人のタミルに対する人権侵害などが、LTTEシンパを生み出す温床である、と指摘する声もありますが、それについてはどう思いますか?
S:そんな事はない。議会を見てみろ。タミル人の政党はたくさんあるし、中には政府の要職についている者さえいる。そんな社会でどうしてタミル人が不平等な扱いを受けているなどと言えるか。またジャフナなどの地域ではシンハラ人以上にタミル人は優遇されている。我々が譲歩できる事は全てやっているのだ。
W:ではどうすれば紛争を解決できるとお考えですか。ご自身のお考えを是非お聞きしたい。
S:タミル人は多くのシンハラ兵士を殺している(S僧侶はLTTEと一般タミル人の厳密な区別していないようである)。法に従わないテロリストは殺すしかないのだ。交渉の余地などない。
W:では与党PAのチャンドリカ・クマラトゥンガ大統領が進めようとしている地方分権法案(Devolution Packages)について、どのようにお考えになりますか。
S:LTTEのような不法な抵抗を繰り返す輩に譲歩する事などない。彼らはすでに多くの人々の命を奪った。まず彼らは武器を捨て、多くの人命を奪った償いをしなければならない。また地方分権などしたところで、プラバカランは納得しないだろう。プラバカランの狙いはタミルの分離独立であり、それ自体が無理な要求なのだ。インドを見てみるがいい。インドですら、一部の民族に民族自決(Self-determination)の権利を与えるようなことはしていない。

面談が進むにつれてS僧侶は徐々に強硬な姿勢を強め、険悪な雰囲気が漂い始めた。ここで私は少し質問の方向を変えてみることにした。

W:貴方はスリランカの地はシンハラ人の土地であり、タミル人は外部からの侵入者であるとおっしゃいました。またスリランカ仏教の伝承では、ゴーダマ・シッダルタ(釈迦)がシンハラ人に仏教の保護者としての役割を臥  したと言われています。その通りですね?
S:その通り。
W:ではスリランカにおけるLTTEと政府軍の紛争を解決するには、仏教徒であるシンハラ人がヒンドゥー教徒であるタミル人をこの国から消し去る、つまりタミル人を根絶やしにするか、国外追放にするしか根本的な解決策はないということですね。スリランカはシンハラ人の地だとおっしゃっている訳ですから。
S:(しばしの沈黙の後)タミル人はすでにスリランカに移住している。そんな事を言っていては問題の解決はできない。
W:なぜ解決されなければならないのですか。貴方はスリランカの正統な国民はシンハラ人であるとお考えなのでしょう。またLTTEとの仲介者(Third-party mediator)を通じての交渉の可能性についても否定的な見解を述べられました。つまりこのまま犠牲者が増え続けるのを止めようとするなら、LTTEとそのシンパであるタミル人たちを虐殺するか、国外追放にするしかないとお考えにはならないですか?

(和平案を否定し続けてきたS僧侶にとって、この変則的な質問は氏のかたくなな態度に少し影響を与えたようだった)

S:我々(シンハラ人)は長らくタミル人と共存の道を歩んできたのであり、その道を回復する方法はないわけではない。ただそのためには、彼らが無謀な要求を捨てるべきなのだ。 
S:「無謀な要求」とは具体的に何ですか?     
W:スリランカからの独立である。もしそんな事をしたらモスリム達も独立を要求し、この国はバラバラになってしまう。
W:では少なくとも理想的には共存の方向が良いとお考えなのですね。
S:いかにも。我々だって紛争など望んではいないのである。

最後にS僧侶自身の仏教観、また他宗教について宗教観を伺った。

W:スリランカにおけるヒンドゥー教の存在をどうお考えになりますか。S:スリランカにおける第一の宗教は仏教であるべきだ。しかし他宗教の存在も認めない訳ではない。インドを見てみれば、いかに宗教が共存すべきか分かるだろう。

(*スリランカで民族・宗教問題について尋ねると、インドを理想として引き合いに出す人が非常に多い。)

W:この国のシンハラ・ナショナリストの中には、「戦闘に命を捧げる事で輪廻からの解脱(モクシャ)が達成できる」と説く僧侶もいると聞きます。それについてどうようにお考えですか。
S:(薄笑いを浮かべて)それは日本の"ハラキリ"の発想でしょう。スリラン
カでは仏教と政治は別です。
W:では、もしそういう主張をする僧侶がいた場合、どう思いますか?
S:反対ではない。殺されては瞑想できないからね。

約1時間の面談は緊張の中であっという間に終了した。そして今回の面談はシンハラ・ナショナリストと呼ばれる僧侶を理解する上で非常に有意義な機会であった。地域紛争ではある種の思想や宗教が指導者によって利用されることが多い。しかしその根本を探ってみると宗教は紛争自体の原因ではなく、二次的なファクターである事が見えてくる。
 IT化、ボーダーレス化が叫ばれる先進国日本にあって、我々は紛争解決に向けて何ができるのであろうか。この点を考えていく上で今後キーワードとなってくのが「紛争予防(Conflict Prevention)」「紛争転換(ConflictTransformation)」である。そしてその主役はNGOを機軸とするひとりひとりの市民(CITIZEN)なのである。

若林 計志

若林 計志(わかばやし かずし)
米・オルブライト大学卒(国際政治学、哲学)
外交政策シンクタンク(The Atlantic Council of the United States)でのインターンを経て帰国。国際NGOの派遣員としてスリランカ・イスラエルの紛争予防NGOの活動を調査(1999‐2000)。一新塾第6期生。


一新塾ニュース「今のニッポンを変えろ!」メールマガジンのページに戻る